忠誠心と恋心
まだ付き合ってない。
表には出さないけど、実は誰よりも隊長を大切に想ってる、尽くすクルちゃんのお話。
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日向家最深に造られたクルル専用研究施設『クルルズ・ラボ』は、今日も昼間だというのに薄暗く、無機的な機械音が鳴り響いている。
趣味の悪い外観からは心無しか「近寄るなオーラ」が漂っているように感じられ、誰も好き好んで訪れようとはしない。――ただ一人を除いては。
「クルル曹長~!いるでありますか~?」
陰鬱とした空間に不釣り合いな陽気な声が響く。
「新しい作戦を考えたんだけどさ~どうよこれ!我輩天才じゃない!?」
ゲロゲロリ、と目を細めて笑うケロロ。彼は、モニターと睨めっこしている部下の目の前に、作戦の企画書をひらひらと揺らして見せた。
「ククッ……前回失敗した時も同じこと言ってたじゃねぇか」
「今度こそ完璧であります!」
毎度繰り返されるやり取りに、クルルは呆れた表情を見せ、目の前で揺れている書類を受け取ると面倒臭そうに目を通した。
「すげーな隊長。誤字ばっかだ」
「ゲロォ!?マジ?」
てっきり褒められるとばかり思っていたケロロは、想定外の発言を投げかけられ、間抜けな声を上げる。クルルの肩に手を乗せると、後ろから書類を覗き込んだ。
一瞬、クルルの肩がぴくっと小さく跳ねたことに、ケロロは気付いていない。
(顔近ぇよ……)
突然距離を縮められ、思わず身体が強張るクルル。柄にもなく鼓動は速くなり、頬はじわじわと熱を帯びていくのを感じる。
捻くれた性格とは真逆な、素直すぎる己の身体の反応に、クルルはバツが悪そうに顔をしかめると、なるべく意識を書類に集中させた。
「よくもまぁ毎度毎度こんなくだらねぇ作戦思いつくなぁ」
「えー今回のはクオリティ高くない?」
自信満々にそう言い切ったケロロが提示してきた企画書の内容は、いつもとさして変わりはしない、的外れで、失敗が目に見えているものだった。
もしもこの企画書を読んだのがギロロだったなら、きっと書類を破り捨て、呆れて部屋を出て行ってしまっていただろう。
もしもこの企画書を読んだのがタママだったなら、うわべだけの賞賛の言葉を並べ立て、その場を上手くやり過ごした後、理由をつけてさっさと帰ってしまっていただろう。
しかしクルルは、口では馬鹿にしながらも、頭の中ではこの作戦をどのように進めていこうか、ぼんやりと考えを巡らせていた。
恐らく作戦はいつも通り失敗に終わるだろう。
クルルの頑張りも無駄になるに違いない。
それでも、ケロロと一緒にこの作戦を実行した時、きっと面白いものが見られるだろうとクルルは思った。
地球侵略なんて今更どうでもいい。
ケロロと一緒にくだらないことが出来れば、それ以外はどうでも良かった。
――数年前。
まだクルルがケロン軍の本部で働いていた頃。
上からの指示で、ただひたすらに殺人兵器を作り続ける毎日の中、クルルは何の為に生きているのか分からずにいた。
周りの人間からは奇異な視線を投げかけられ、時には恐れられ、嫌われ、自身の世話係は就任して数日で皆辞めていった。
退屈しのぎで事件を起こし、それが原因で降格させられたが、その時でさえ何の感情も湧かなかった。
そんなモノクロな日々の中、ふと彼の目の前に手が差し伸べられた。
『我輩ともっと面白いことしない?』
そう言ってニカッと笑った顔があまりにも眩しくて。
そんな表情を人から向けられたことが無かったクルルは、思わず戸惑い、得意な嫌味も拒絶の言葉も咄嗟に出てこなかったのを覚えている。
あれから数年の月日が経つ。
クルルの傍には、あの頃と全く変わらない笑顔。
むしろ変わったのはクルルのほうだった。
「そこでクルル曹長!この作戦には君の力が必要不可欠なのでありますよ!」
「はいはい、りょーかいでアリマス。こいつを作るには、まぁ二日あれば十分だな」
「やっふ~!さっすがクルル!愛してるであります!」
(ほんっとにこの隊長は……こういうことをさらっと……)
恐らく本人は何も考えずに口走ったであろう言葉。一々振り回されるこっちの身にもなってほしい。
クルルは、赤く染まった自身の顔に気付かれぬようそっぽを向くと、「用が済んだならさっさと出て行きな」と素っ気なく手をひらひらさせた。
「それじゃあ頼んだでありますよ!あっ、あとたまにはラボから出て顔を出すこと!」
「へーへー」
「クルルってば夕飯がカレーの時しか出てこないんだから!」
そう言って大袈裟に頬をぷくーと膨らませて見せると、ケロロはようやくラボを後にした。
「あ!あとクルル!」
――と、ふと思い出したように出口の前で足を止める。
「いつもあんがとねっ!」
それだけ言ってヘラっと笑うと、緑色の背中は軽やかな足取りでラボの外へと消えていった。
先程までの騒がしさが嘘のように、ラボの中は静寂に包まれる。
広すぎる部屋でクルルは一人、淡い光を放つモニターをぼんやりと見つめながら、最後のケロロの言葉を頭の中で反芻していた。
「……それはこっちの台詞だっつの」
――なんて、本人には口が裂けても言えない。
いつから自分はこんなに人間らしい性格になってしまったのだろう。
クルルは面倒臭そうに頭をぽりぽりと掻くと、早速仕事に取り掛かった。
完成した時の、あの人の喜ぶ顔を想像しながら。
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