「変」が「恋」に変わるとき
まだ付き合ってない。
ドロのことが少し気になってきたクル。
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ドロロ先輩の影が濃い。
そう感じるようになったのは、つい最近になってからだ。
以前までのドロロ先輩は、いてもいなくても気にならないくらいに影が薄かったが、近頃は先輩がいると自然と目で追ってしまう自分がいる。
原因はだいたい見当がついている。恐らくドロロ先輩お得意の忍術の仕業だろう。影が濃くなる忍術なんてあるのかは不明だが、流石の先輩も陰が薄い現状に耐えきれなくなり、つい私利私欲のために術を使ってしまったんだろう。
先輩は普段こそ人畜無害そうな顔をしているが、ああ見えて意外と油断できない性格してるからな。
ちょうどこれから侵略会議が開かれる。俺は直接ドロロ先輩に問いただしてみることにした。
会議室に入ると、既におっさんとタママがいつもの場所に座っていた。
隊長が遅れてくるのはいつものことだが、ドロロ先輩が時間通りにいないのは珍しい。
まぁいい。とりあえずドロロ先輩に仕掛ける仕返しでも考えてるか。
会議の言い出しっぺがなかなか姿を現さないことに、おっさんが露骨に苛々し始め、貧乏ゆすりが酷くなってきた頃。ようやく部屋の外から呑気な足音が聞こえ、隊長が姿を現した。
「いやぁ~遅れてごみんごみん。ガンプラ作り始めたら止まらなくなっちゃってさぁ~」
「ケロロ貴様!やる気あるのか!」
会議の度に繰り返されるいつもの光景。ギロロ先輩もよくもまぁ毎度同じことで怒鳴れるよな。疲れないのかねェ。
「さて、全員集まったでありますな」
「とっくにお前以外集まっている!」
「もうさっさと始めてさっさと終わりましょ~軍曹さん」
明らかに一人足りていないこの状況で、当たり前のように進む会話。いやいや、おかしいだろ!気付くだろ普通!
「あ~・・・隊長?まだ全員じゃないっすよ」
「ゲロォ?何を言ってるでありますか、クルル曹長。全員いるっしょ」
「どうしたクルル。お前また徹夜でもして頭が回ってないのか?睡眠はちゃんと取れとあれほど――」
「あー!分かったですぅ!あの女がいねぇですぅ!」
「あぁモア殿のことね!モア殿は昨日から里帰りしてるでありますよ」
「ほぅ、里帰りか。俺もそろそろ親に顔を出さないとな・・・」
・・・・・・マジか、こいつら。
里帰りなんてどうでもいいんだよ。本当に気付かねェのか?もしかして俺だけか?
「いや、ドロロ先輩がまだ来てねェけど」
「あっ・・・あーハイハイ!ドロロね!勿論気付いていたでありますよ!?やだなぁ~もぉ~!」
明らかに動揺しまくる隊長。声が裏返ってますケド。
「あ、あぁ!当然だ!忘れるわけないだろう!」
おっさん、目泳ぎまくってっぞ。
「あぁ~そういえばドロロ先輩いないっすねぇ~」
ガキは素直だな。
こいつらの反応を見る限りだと、ドロロ先輩のことを気にしているのは自分だけのような気がするのだが、まさか俺だけ不可思議な術を掛けられてるんじゃねぇだろうな?俺、先輩に何かしたか?
悶々と思考を巡らせていると、ふと頭上から『ガコン!』と聞きなれない物音がした。
「遅れて面目ないでござる、隊長殿」
会議室の天井の一部が隠し扉のように持ち上げられ、そこからドロロ先輩が顔を覗かせていた。どんな登場の仕方だよ。
「町内会のボランティア活動の終了時間が予定より押してしまったでござる」
「もぉ~みんなドロロのこと待ってたんでありますよー!なかなか来ないから心配しちゃったじゃん!ささっ、座って座って!」
胡散臭い笑顔を貼り付けて調子のいい言葉を並べる隊長。その言葉が嘘だとは露知らず、ドロロ先輩は申し訳なさそうにいそいそと席についた。
それからの時間は、相変わらず非生産的なものだった。
隊長が馬鹿みたいな作戦を思いつき、ギロロ先輩が反対し、ドロロ先輩はそもそも侵略自体が反対だと訴える。ガキはガキで、適当に話を聞き流しながら始終お菓子に夢中だし、俺は目の前のドロロ先輩のことが気になって全く以って集中できなかった。俺にかけられた術はどうやら意外と強力らしい。
「ドロロ先輩、なんのつもりっすか」
会議が終わって隊長たちが解散した後、俺はドロロ先輩を呼び止めた。
「なんのつもり、とは?」
「しらばっくれんなよ。俺に何か変な術かけやがっただろ」
「クルル殿に?まさか、そんなことするわけないでござるよ!」
「は?・・・え、マジ・・・?」
先輩から返ってきた返答は予想外のものだった。
どういうことだ? これじゃあまるで、俺が一人でおかしくなってるみたいじゃねぇか。
「・・・クルル殿?」
アホみたいに口を開けたままボーっと突っ立ってる俺を、先輩が心配そうに見つめてくる。
「大丈夫でござるか?なんだか様子が変でござるよ?もしや熱でも――」
「クッ・・・!?」
先輩の手が急に俺の額に触れ、思わず変な声が出た。
「と、とにかく!あんたのせいでこっちは振り回されまくって迷惑してんだよ!やたらあんたのことばかり気になっちまうし、今だってあんたに少し触られただけで心臓がバクバクうるせぇし!こんなこと、今まで無かったのによ・・・」
「えっ・・・クルル君、それって・・・」
急に言葉を詰まらせる先輩。敬称が変わるのは先輩が素になった時だ。
自身の口元を手で覆いながら、驚いた表情でこちらを凝視してくる先輩の顔は、何故だか真っ赤になっていた。
「なんだよ。やっぱ何か知ってんのか?」
「えっ!い、いや!そういうわけではなくっ・・・!」
やけに歯切れ悪ィな。
さっきまで俺のことを真っ直ぐと見つめてきたその青い目は、急によそよそしくキョロキョロし始め、なかなか目を合わそうとしない。
よくわかんねぇが、ドロロ先輩は嘘だけは吐かないから、忍術の類じゃないのは本当なんだろう。
「あんたの仕業じゃねぇってことはわかった。悪かった。忘れてくれ」
となると、これ以上ドロロ先輩に用は無い。ラボに戻って、また一から原因を調査してみるか。
「あ!クルル君待って!」
「クルッ!?」
背を向けて会議室を出ようとした瞬間、いきなり先輩が俺の腕を掴んできた。だからいちいち触るなっての・・・!
「な、んだよっ!」
「えっと・・・その・・・もし良ければ、今度二人でどこかへお出掛けするのはどうでござるか・・・?」
「あ?なんでそうなるんだ?」
「お互いのことをもっと知れば、きっとクルル君も、その症状の意味を自分で理解することができると思うでござる」
そういうもんかねぇ?
「それに・・・」
「それに?」
「拙者もクルル君のことをもっと知りたいでござるし・・・」
そう言って、少し照れ臭そうに微笑む先輩。俺は何故だかその顔から目が離せなくなり、先輩の言葉の意味もよく分からないまま無意識に頷いてしまっていた。
「いいんでござるか!?」
「た、ただし!町内会のボランティア活動だけはゴメンだぜ!」
「心得た」
嬉しそうに笑う先輩に、心臓がまた暴れ出す。余計酷くなってないか?俺の症状。
ドロロ先輩の相手をしていると、こっちのペースが乱れっぱなしで自分らしくいられなくなる。ほんと苦手だわ、この人。
後日、俺はこの症状の本当の意味を知ることになるのだが、それはまた別の話。
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